レクリエーション指導者の仕事について思うこと

公益財団法人日本レクリエーション協会
理事長 小西 亘

 レクリエーション指導者(レク指導者)の仕事とは何か、と問われれば「スポーツ、ゲーム、歌などの手段を用いて、人々の心を元気にすること」と答えています。つまり、人の心のありようにかかわり、人々が幸福で豊かな生活を営むためのお手伝いをする仕事。だから、私は、レクし指導者の仕事は崇高なものだと考えています。

 しかし、現実には、レク指導者の認知度は、私が思うほど高くはないようです。それには、二つの理由があるように思います。

心と精神は違う

_7080025 240.jpg 一つは、日本人には、「心(スピリチュアル)」を「精神(メンタル)」と明確に区別して考える習慣が無いことです。宗教的感性が希薄な国民性のためかもしれません。「精神」とは、精神療法、精神障害などのように、医師の治療対象領域。一方、「心」については、「心がなえる」とか「気持ちが落ち込む」といった状態は医師の治療対象外領域です。こうした「何もやる気がなくなる」といった「心の病」は、レク指導者がかかわる領域だと思っています。この「心の病」は、程度の差こそあれ、だれでも経験することです。

 「心の病」には、投薬など、他力による治療の方法はありません。あくまでも自力、自分ひとりの力で脱出するよりほかに方法はありません。その自助努力を支援するのがレク指導者の仕事だと思います。「指導者」というよりも「支援者」といわれる所以です。

 レク指導者は、学習課程で「ホスピタリティ」とか「アイスブレーキング」などの科目を学びます。これらは、相手の気持ちの中に入り込んでゆくための知識と技術です。レク指導者の仕事は、相手と同じ気持ちになって、一緒に考えることが必須の条件だからです。

 先の東日本大震災、被災者の心に大きな傷跡を残しました。「心の病」です。このような事態を対処するため、被災地を中心とする多くのレク指導者が連日のように現地に駆けつけました。まさに、レク指導者の出番でした。このレク指導者の地道な努力が大きな成果を上げたという報告を聞いて、感動しました。このようなレク指導者の努力の積み上げがレクリエーションの社会的認知度を高めることになるのだと思いました。

経験が専門性を高める

_7080042 240.jpg 二つ目は、レク指導者は、経験の積み上げによってしだいに専門性が高まる、という特性を持っているということです。人の心のありようは千差万別、みんな違います。多様な人々の要求にどう対応したらよいのか、経験を積むことにより会得するほかに方法はありません。レクリエーションの学習課程で学ぶのはほんの一部にすぎません。

 レク指導者の中で最も多い「レク・インストラクター」は、課程認定校でも所定の科目を勉強すれば資格が得られます。しかし、これで一人前の専門家として評価されるわけではない、レク指導者としてスタート台に立ったにすぎません。ボランティアとして、先輩の指導を受けながら経験を積んでゆくことになるのです。資格を取得すれば一人前の専門家として遇される医師や教師と異なるところです。

 レク指導者に求められる特質は、相手の立場に立って考え、行動することです。こちらの立場を押し付けないことです。思えば、人々の琴線にも触れる人間社会の美徳でもあります。このような特質を課程認定校などでは学ぶ、このことは、人格形成の上でも大きな財産になるのではないか、という説もあります。

 ある会合で、課程認定校の多くの卒業生は資格があるのに資格取得の手続きをしない、ということが話題となった時、ある大学教授の発言が印象的でした。「あら、もったいない、これはその人の財産になることなのに」。資格取得の手続きをすることは、この財産を得たことの証拠になることなのですから。

 たしかに、レク指導者の仕事は、部外者にとってはわかりにくい点があります。心の健康とは、レク指導者の専門性とは、必ずしも明確なものではありません。しかし、その仕事が崇高なものであることには変わりありません。

 いろいろな場でレク指導者が実績を積み、社会的評価を高めていくことが何よりも大切です。スポーツ基本法が制定され、レクリエーション活動に風が吹き始めた今こそ、レク指導者の評価を高める絶好のチャンスです。

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