高齢者編

P1140399-300.jpg石井 直方 氏

(東京大学大学院教授)

レクによって、体と脳をさまざまに動かすことが、全身を活性化し、認知症の予防にもつながります



Q レクリエーションなどで体を動かすことは、どのような効果があるのですか。

recrew3_2-300.png 適度に体を動かすと、脳が働き、内分泌器官の働きも活発になります。生理学的に言うと脳を含め、全身の活性化につながります。
これまでは70歳くらいまで元気な体づくりでよかった時代ですが、これからの超高齢化社会においては、80歳、90歳になってもしゃきしゃき元気に生きられる体づくりが必要です。
健康寿命を長くすることが、自分も幸せで、社会貢献にもつながる。そのためには、レクリエーションやトレーニングなどによって、高齢になっても筋肉をつくっていくという従来になかった工夫を続けることが大事になってきます。
元気に活動できるおおもとは、筋肉。そして、骨、関節です。こうした体を動かす器官の衰えを防いで、レクリエーションなど、いろいろなことを楽しむ体作りが大切。楽しむことが、また体の活性化につながります。

Q レクリエーションなどによって、体を動かすことが、好循環を生み出すわけですね。筋肉は、いくつになっても鍛えることができるのでしょうか。

ラダーゲッター 300_MG_4992.jpg 筋肉は、鍛えれば、それに反応して、いくつになっても太くなり、強くなります。私たちの研究では、80歳代の方でも、トレーニングを続けると筋肉が強くなるという結果が得られました。
自宅の中でも手押し車のようなものを使わないと歩けなかった方が、筋肉のトレーニングを行うことによって、何も使わずに階段の上り下りも、外出もできるようになった例もあります。自分で歩いて出かけられるようになると、外の刺激を受けて、さらに元気になります。
アメリカの研究では、もっと高齢の方を対象にした研究があって、90歳を越える方も、トレーニングをすれば筋肉は強くなるというデータがあります。

Q 高齢者が特に鍛えた方がいい筋肉はありますか。

recrew3 300.png その基準は、2つあります。ひとつは、「高齢になると衰えやすい筋肉」。もうひとつは、「健康な日常生活にとって大事な筋肉」です。このふたつは、かなり共通しているという特徴があります。まず、加齢の影響を受けて、特に衰えやすいのは足腰の筋肉である、というデータがたくさんあります。特に太ももの前の筋肉、大腿四頭筋です。お尻やお腹、背中の筋肉も、加齢とともに衰えやすく、30歳から80歳までの間に、太さも強さも半分くらいになります。
こうした筋肉は、立つ、歩く、といった日常的な動きに必要で、外出や買い物など生活を支える大事なポイントとなる筋肉です。前述した2つの基準から言っても、健康長寿のためには、「おへそを中心とした足腰の筋肉」を鍛えることが最も大切です。

Q 体を動かすと、脳も働くというお話がありましたが、認知症の予防にも効果があるのでしょうか?

ニチレクボール 300_MG_1704.jpg 体を動かすことが、脳にもよい刺激を与えるということは、ここ10〜15年くらいの間にたいへん研究が進んでいます。超高齢社会においては、認知症の問題が重要で、頭もしっかりして、元気であることが必要です。
運動が脳によいというのが最初に実証されたのは、ネズミによる動物実験です。ネズミを定期的に走らせると、迷路などを早く解ける学習能力の高いネズミになり、脳を調べると、運動により、記憶に関係する新しい神経細胞が増えていることが分かりました。
その後、人間の場合についての研究がいろいろなところで大規模に行われ、その成果がここ5年くらいの間に出ています。例えばヨーロッパの研究では、80歳以上の高齢者で、1週間に3日以上、15分のウォーキングを行っている方は、認知症の発症率が半減するという結果が出ています。
アメリカでは、長期的な追跡調査を行い80歳以上で、日常的に体を動かす活動量が多いグループと、少ないグループに分けて比較をすると、少ないグループは、多いグループに対して、3倍も認知症の発症率が高かったという結果が得られています。

Qレクリエーションや軽い運動であれば、誰でも続けることができそうです。そうしたことが認知症予防にもつながるのが、かなりはっきりと研究データに表れているわけですね。

シャッフルボード 300_MG_1727.jpg そうです。そのメカニズムについては、3つのことが考えられます。
1.運動することによって、脳の活動を引き起こします。
2.筋肉が活動することによって、筋肉から信号が返ってきて、次の脳の活動を引き起こします。
3.最も新しい考え方として、筋肉を動かすと、筋肉からいろいろな物質が分泌されることが分かっています。そのひとつが直接、脳に働いて、脳の神経細胞を保護する役割があるという説も出てきています。これは動物実験において、ここ10年の間に研究が進んでいます。

Q レクリエーションの中でも、ターゲット・スポーツ(※)は、高齢者にも人気です。メリットについて、教えてください。

A 体を前屈して、正確に的に当てるというのは、動作そのものが、足腰の安定性を高め、お腹、お尻、背中といった体幹の筋肉を維持、強化するよいトレーニングになると考えられます。
こうしたゲームでうまく的に当てるという正確性を増していきたいと思ったら、足腰の筋肉をしっかりすることがいちばん大事になります。
ただ、筋肉トレーニングはある種、敷居が高いですよね。私は長年行っていて、成果を得られることがわかっているため、続けています。しかし、楽しいというより、つらいと感じる人が多いという気持ちはよくわかります。その点、レクリエーション的な運動は、楽しく、続けやすいということも大きなメリットですね。

Q ターゲット・スポーツは、仲間と一緒に競い合ったり、高得点を目指すといったゲーム性が高いという特徴もあります。

 運動することが、脳の働きを高めることは前述しましたが、運動さえすればよいというわけではありません。
考える力をつけるには、考える訓練を行うことが大切です。筋トレやウォーキングなどでただ体を動かすことだけで終わってしまうのではなく、次に脳そのものへの刺激を考える必要があるわけです。
その点、ゲーム性があるターゲット・スポーツなどは、楽しみやコミュニケーション、自分自身で考え戦略を練るなど、脳そのものの多様な活動を伴いますよね。脳にもちゃんと刺激が加わるというのが、単純な運動にはない、大きな利点だと思います。

Q レクリエーションを楽しく行うために、日頃から気をつけたい体の使い方、動かし方はありますか?

recrew3_3-300.png まず、基本は、姿勢です。転倒リスクと背骨の曲がり具合に関連性があるというデータがあります。背中が丸まって、姿勢が悪くなっている高齢の方ほど、転倒リスクが高い、ということです。背中が曲がってくるような姿勢の変化は、55〜60歳くらいから、少しづつ進行してしまいます。
普段から、胸を張って、肩を引いて、背中を伸ばしているような姿勢をとるという普段からの積み重ねが大事になります。座っているときも、座骨という骨盤の下にあるとんがった骨で座っているという意識をすると、それだけで背筋が伸びて、姿勢がよくなります。
歩くときも、背筋を伸ばして、なるべく大股で歩く。それだけでも、よいトレーニングになります。





Q 高齢者がターゲット・スポーツをする際に、気をつけた方がいい点はありますか?

recrew3_4-300.png ターゲット・スポーツでは、ボールなど道具を投げる動きがありますね。道具を投げて、もしバランスを崩しそうになって、踏ん張るような時は、見かけよりも筋力が必要になります。この時、よろよろとバランスを崩して、倒れないように、気をつけるようしましょう。足腰が弱い人に対しては、指導する人などがサポートしてあげた方がよいと思います。
ターゲット・スポーツを楽しむためには、踏ん張ってもバランスを崩さない筋力が必要だといえますね。基本的なコンディショニングとして、少しの筋肉トレーニングを行いながら、高齢になってもレクリエーションを楽しむのが理想的です。そのために、1日5分でも10分でもよいので、関節に負担をかけないゆっくりとした動きでスクワットを行うことをおすすめします。

プロフィール

石井直方(いしい なおかた)
1955年東京都生まれ。東京大学大学院
生命環境科学系・新領域創成科学研究科教授(兼任)。理学博士。専門は、筋生理学。ボディビルダーでもある。高齢者にも適したトレーニングや筋肉、健康などについてのわかりやすい解説には定評がある。著書多数。近著として、「一生動ける体のつくり方」(池田書店)

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