レクリエーション運動の歴史

「低成長時代」の社会的課題に対応すべく、新たな胎動を示し始めた地域レクリエーション

1980年代を象徴するレクリエーション運動の1つは、生涯学習を標榜しつつ、新たな余暇開発型の方向性を実現しようとする、市民レクリエーションへの取り組みによって特徴づけられる。こうした取り組みは第一に、生涯スポーツに関わる一連の動きとして現われた。

1981年、中央教育審議会が文部省(現・文部科学省)に「生涯教育について」の答申を行うと、その関連で体育行政においても生涯スポーツの振興が強調されはじめるようになった。

1980年代

折しも「トリム運動」が社会に広まりを見せていた時期でもある。活動自体を楽しみ、交流や共同を旨とするニュースポーツが、生活の場である地域に密着するかたちで、または生涯学習の一環として急速に広まっていったのは、むしろ必然の結果であったといえよう。1988年には文部省体育局のスポーツ課が「競技スポーツ課」と「生涯スポーツ課」に分かれた背景には、80年代の生涯スポーツの社会的な機運の高まりを見ることができるだろう。

しかしここに、レクリエーション運動の中で、重要な意味を持つ法律の制定があったことを見逃してはならない。87年制定の「社会福祉士及び介護福祉士法」の中の介護福祉士養成科目に、「レクリエーション指導法」が位置づけられたことである。
これは、従来の社会福祉事業が上からの一方的な「措置」によるものであったことを根本的に改め、利用者との「契約」によってサービス提供が行われるべきだとする社会福祉構造改革の中で、生活の質を向上させる福祉サービスの一環としてレクリエーションが位置付けられたことを意味する。

当時、同法の企画立案に関わっていた田中荘司(当時の厚生省老人福祉専門官)は次のように述べている。
「レクリエーションは、本来の意味に付け加えて障害者などに対する治療的レクリエーションも取り組んでほしい。また高齢者福祉の中では、彼らの社会的存在感の充実という点からもレクリエーションは不可欠である」

この法律の制定によって、社会福祉領域におけるレクリエーションは、国家資格である「介護福祉士」が当然身につけておかなければならない知識・技術として、確固たる地位を得ることができた。地道に、しかし着実に進められてきた福祉分野におけるレクリエーション運動は、80年代の終盤に来て、ようやく福祉レクリエーションとして社会から認知されるようになった。

福祉領域に「レクリエーション」が位置づけられたということは、すべての人の基本的人権としてのレクリエーションが認められたということであり、レクリエーション運動の成果として大きな意義があったといえよう。

監修:薗田碩哉(実践女子短期大学元教授)

参考文献

『レクリエーション運動の五十年』
(日本レクリエーション協会 発行・編)